人類学の書籍紹介

人類学の文献を(読んだものは)コメント付きで紹介します

中村沙絵 『響応する身体』

中村沙絵

 2017 『響応する身体 ――スリランカの老人施設ヴァディヒティ・ニヴァーサの民族誌』ナカニシヤ出版

 

 

目次

はじめに  フィールドとの出遭い  
序 論 ヴァディヒティ・ニヴァーサが投げかける問い

第Ⅰ部
第一章 老親扶養をめぐる規範と実態
    ――シンハラ農村社会の家族と世代間関係から
第二章 シンハラ社会とモラトゥワ
    ――ヴァディヒティ・ニヴァーサをとりまく社会的・空間的文脈

第Ⅱ部 ダーナ実践がとりむすぶ社会関係
第三章 ヴァディヒティ・ニヴァーサの成立
    ――ダーナを通したチャリティの現地化
第四章 ヴァディヒティ・ニヴァーサを支える社会関係
第五章 揺らぐ「与え手/受け手」関係
    ――ダーナ実践における相互行為とその意味

第Ⅲ部 施設における老いと死、看取り
第六章 「生活の場」としての施設
    ――MJSニヴァーサ概況
第七章 ヴァディヒティ・ニヴァーサで生きるということ
    ――入居者たちの「人生の物語」と日常生活の記述から
第八章 ヴァディヒティ・ニヴァーサにおける死と看取り
結 論 ヴァディヒティ・ニヴァーサを支える関係性とその倫理

補 論 スリランカにおける高齢者福祉の展開

 

内容

よるべなき年長者たちが集う施設のエスノグラフィー――
老病死を支える関係性は、他人でしかない人々の間にいかに築かれているのか。少子高齢化の進むスリランカの老人施設が投げかける問いとは何か。

本書が明らかにしようとしているのは、ヴァディヒティ・ニヴァーサという施設は、入居者たちが「声」をあげ、周囲がその「ニーズ」を掬いだし、要望に応えようとする場である以上に、他者の苦悩に共鳴してしまう、あるいは苦悩を抱えた他人の身体を生きてしまうような契機が常に潜んでいる場であった、ということである。

 

一言コメント

 2018年度の澁澤賞を『「海に住まうこと」の民族誌』と同時受賞した作品。意外に思う人も多いかもしれませんが高齢者施設の人類学は現在ホットなトピックでして、春日直樹さん(フィジー)のような大物から、高橋絵里香さん(フィンランド)といった比較的若手まで、さまざまな人が取り組み研究成果が蓄積されています。本書はスリランカの老人施設における研究で、赤の他人であるはずの入居者たちがいやおうなく身体的な共感関係に入ってしまう、そんなあり方をごく厚く描き出した力作です。老いというものが、人類に普遍的な現象であるとともに、強く文化によって規定されたものでもあることを感じさせます。