人類学の書籍紹介

人類学の文献を(読んだものは)コメント付きで紹介します

中空萌 2019 『知的所有権の人類学 ――現代インドの生物資源をめぐる科学と在来知』

中空萌

 2019 『知的所有権の人類学 ――現代インドの生物資源をめぐる科学と在来知』 世界思想社 

 

目次

 序章「誰かのもの」としての知識

第Ⅰ部 知識が誰かのものになるとき

 第1章 所有主体の生成をめぐる民族誌

 第2章 在来知と知的所有権のフィールドワーク――翻訳を追いかける

第Ⅱ部 伝統医療と生物資源の所有化

 第3章 翻訳され続けるアーユルヴェーダ――国家と伝統医療

 第4章 薬草州ウッタラーカンドと「人々の生物多様性登録」

第Ⅲ部 「人々の生物多様性登録」プロジェクト――科学者の実践

 第5章 「在来知」を生み出す科学者たち

 第6章「知識の所有者」をつくり出す

第Ⅳ部 「所有主体」を超えて――「人々」の経験

 第7章 「在来知」を超えて――「効果」としての治療と文化的所有権

 第8章 自然と「責任主体」の生成? ――薬草と生み出されつつある関係

終章 未来へ拓かれた所有

 

内容

知識は誰のものか?

 

豊富な薬草資源をもつインドに「知的所有権」という概念が持ち込まれたとき、現地で何が起こるのか。緻密なフィールドワークにもとづき解明。過去の労働への対価ではなく、未来への責任としての所有という概念を提示する、異色の所有論。 

 

一言コメント

 現在もっとも注目されている若手の一人、中空氏が博論を基に刊行した論考。マリリン・ストラザーンの所有論に触発されつつ、知識を所有するとはいかなることか、そもそも所有とは何かを問うていく本です。一見するとこの思弁的な議論が、いわゆる著作権問題やバイオパイラシーのような現代的諸問題に直接的に接続していると同時に、何を所有しているがゆえに我々は我々であるのかという内省的にもつながる、きわめて射程広く知的刺激にあふれた一冊です。

木村大治 『見知らぬものと出会う ――ファースト・コンタクトの相互行為論』

木村大治

 2018 『見知らぬものと出会う ――ファースト・コンタクトの相互行為論』 東京大学出版会

 

 

目次

プロローグ 宇宙・人

 

I 想像できないことを想像する

第1章 宇宙人という表象

第2章 投射――想像できないことを想像するやり方

 第一の幕間 双対図式――投射と「枠」

 

II 見知らぬものと出会う

第3章 コンタクトの二つの顔

第4章 「規則性」の性質――不可知性・意外性・面白さ

第5章 規則性のためのリソース――コードなきコミュニケーションへ

 第二の幕間 それでもなお相互行為は可能か

 

III 枠と投射

第6章 ファースト・コンタクトSFを読む

第7章 仲良く喧嘩すること

第8章 枠・投射・信頼

 

エピローグ 接触に備えたまえ

 

内容

もしも宇宙人と出会ったら――

未知との遭遇」の多様な思考実験の蓄積があるSF作品を渉猟し、著者自身によるフィールドワーク、文化人類学、霊長類学、相互行為論、分析哲学などの知見を縦横無尽に参照して、コミュニケーションの成立条件を考察する。

 

高田明 『相互行為の人類学』

高田明

 2019 『相互行為の人類学 ――「心」と「文化」が出会う場所』 新曜社

 

 

目次

はしがき

第1章 相互行為の人類学への招待

第2章 理論と方法

第3章 社会的認知

第4章 他者理解

第5章 発達と社会化

第6章 言語とコミュニケーション

第7章 感情

第8章 結論にかえて

 

内容

日常的な相互行為における「意味のやりとり」を丹念に分析することで、心理学、人類学いずれとも異なる視点から「心」と「文化」をとらえなおし、二つの分野を架橋する「相互行為の人類学」。具体的な研究例をとおして、その手法と魅力を伝える入門書。

 

関谷雄一・高倉浩樹(編) 『震災復興の公共人類学』

関谷雄一・高倉浩樹(編)

 2019 『震災復興の公共人類学 ――福島原発事故被災者と津波被災者との協働』 東京大学出版会

  

目次

序 論 災害に抗する公共人類学への誘い(関谷雄一)

I 震災復興の映像アーカイブ

第1章 灰色地帯を生き抜けること――「つくば映像アーカイブ」から考える(箭内 匡)

第2章 避難者のセーフティネット作りから映像アーカイブ制作への発展(武田直樹)  

第3章 『立場ごとの正義』――自主避難者の視点から映像を撮る(田部文厚)

第4章 災害に抗する市民の協働(関谷雄一)

II 福島第一原発事故被災者に寄りそう実践の試み

第5章 原発事故避難者受け入れ自治体の経験

    ――ソーシャル・キャピタルを活用した災害に強いまちづくりを目指して(辻内琢也・滝澤 柚・岩垣穂大/研究協力:佐藤純俊)

第6章 当事者が語る――一人の強制避難者が経験した福島第一原発事故(トム ギル・庄司正彦)

第7章 まなび旅・福島――公共ツーリズムの実践(山下晋司)

III 津波被災地の生活再建の現場から

第8章 現在から過去へ,そして未来へ――「復興」への手探りの協働(木村周平・西風雅史)

第9章 津波被災後の稲作農業と復興における在来知の役割(高倉浩樹)

第10章 震災とデス・ワーク――葬儀業による死後措置プロセス支援の展開(田中大介)

 

内容

公共人類学とは,公共的課題に関与し,理論的・実践的に取り組むことで,社会に貢献する人類学であり,それを通して人類学の公共性を推進しようとするものである.本書は,この公共人類学の理論を,日本社会で起きた災害(東日本大震災福島第一原発事故)のなかで実践した記録であり,最新の研究成果である.

 

 

樫永真佐夫 『殴り合いの文化史』

樫永真佐夫

 2019 『殴り合いの文化史』 左右社 

 

 

目次

1章 人間的な暴力

2章 理性の暴力

3章 殴り合うカラダ

4章 拳のシンボリズム

5章 殴り合いのゲーム化

6章 「殴り合い」は海を越えて

7章 一発逆転の拳

8章 名誉と不名誉

9章 殴り合いの快楽

10章 女性化する拳

あとがき

 

内容

名誉と屈辱、理性と本能、男らしさと女らしさーー

手に汗握る殴り合いの快楽、自らのボクサーとしての経験。

歴史を繙き、現代をフィールドワークすることで、

殴るヒトの両義性を浮かび上がらせる、新しい暴力論。

モハメド・アリ、ピントン堀口といったボクサーの物語をはじめ、

カイヨワ、オルテガ・イ・ガゼーの研究や、

ドストエフスキー柳田国男の作品、

ソクラテス鉄腕アトム、スーパーマンボブ・ディランオセアニア儀礼など、

領域を越えて紡ぎ出される、殴り合いのもたらしたもの。

 

 一言コメント

 ベトナム研究者にして自らもボクサーである樫永氏の新著。まだ未読ですが、殴り合いというありそうでなかったテーマへの目の付け所がすばらしいです。最近の左右社はセンスの良い本を連発していて勢いがありますね。

マリノフスキ 『西太平洋の遠洋航海者』

マリノフスキ、ブロニスワフ

 2010(1922) 『西太平洋の遠洋航海者』増田義郎(訳)、講談社(学術文庫)

 

 

目次

訳者まえがき
序文  J・G・フレイザー
序 論 この研究の主題・方法・範囲
第一章 トロブリアンド諸島の住民
第二章 クラの本質
第三章 カヌーと航海
第四章 ワガの儀式的建造
第五章 カヌーの進水と儀式的訪問──トロブリアンド諸島の部族経済
第六章 渡洋遠征への出発
第七章 船団最初の停泊地ムワ
第八章 ピロルの内海を航行する
第九章 サルブウォイナの浜辺にて
第十章 ドブーにおけるクラ──交換の専門技術
第十一章 呪術とクラ
第十二章 クラの意味

 

内容

ソウラヴァ(首飾り)とムワリ(腕輪)をそれぞれ逆方向に贈与していく不思議な交易「クラ」。「未開社会の経済人」は、浅ましい利得の動機に衝き動かされる存在なのか? 物々交換とは異なる原理がクラを駆動する。クラ交易は、魔術であり、芸術であり、人生の冒険なのだ。人類学の金字塔が示唆する「贈与する人」の知恵を探求する。

 

 

一言コメント

 長期滞在と参与観察に基づく人類学的フィールドワークに基づいて記述された(ほぼ)初めての民族誌。近代人類学は本書とともに創始され、機能主義と呼ばれる思想の源流ともなった記念すべき著作です。もともとは中公の「世界の名著」59巻にレヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』とともに訳出されており、本書のテクストはそれを改訳したものです。

 一点だけ残念なのは本書が抄訳であること。長々しい呪術の記録など、本来マリノフスキーが一番重視していた部分がごっそり落とされています。読者の便を考えると仕方のないことではありますが、興味を持った方はぜひ原著にも当たってほしいものです。

 

レヴィ=ストロース 『野生の思考』

レヴィ=ストロース、クロード

 1976(1962) 『野生の思考』大橋 保夫(訳)、みすず書房

 

 

目次


第一章 具体の科学
第二章 トーテム的分類の論理
第三章 変換の体系
第四章 トーテムとカースト
第五章 範疇、元素、種、数
第六章 普遍化と特殊化
第七章 種としての個体
第八章 再び見出された時
第九章 歴史と弁証法

 

内容(出版社サイトより)

 野生の思考La Pensee sauvageは、1960年代に始まったいわゆる構造主義ブームの発火点となり、フランスにおける戦後思想史最大の転換をひきおこした著作である。
 Sauvage(野蛮人)は、西欧文化の偏見の凝集ともいえる用語である。しかし植物に使えば「野生の」という意味になり、悪条件に屈せぬたくましさを暗示する。著者は、人類学のデータの広い渉猟とその科学的検討をつうじて未開人観にコペルニクス的転換を与えsauvageの両義性を利用してそれを表現する。
 野生の思考とは未開野蛮の思考ではない。野生状態の思考は古今遠近を問わずすべての人間の精神のうちに花咲いている。文字のない社会、機械を用いぬ社会のうちにとくに、その実例を豊かに見出すことができる。しかしそれはいわゆる文明社会にも見出され、とりわけ日常思考の分野に重要な役割を果たす。
 野生の思考には無秩序も混乱もないのである。しばしば人を驚嘆させるほどの微細さ・精密さをもった観察に始まって、それが分析・区別・分類・連結・対比……とつづく。自然のつくり出した動植鉱物の無数の形態と同じように、人間のつくった神話・儀礼・親族組織などの文化現象は、野生の思考のはたらきとして特徴的なのである。
 この新しい人類学Anthropologieへの寄与が同時に、人間学Anthropologieの革命である点に本書の独創的意味があり、また著者の神話論序説をなすものである。
 著者は1959年以来、コレージュ・ド・フランス社会人類学の教授である。

 

 

一言コメント

 レヴィ=ストロースの代表作にして構造主義人類学の金字塔。一見すると不合理な「未開」社会の思考も、進んだものと我々が思い込んでいる「科学的」思考も、二項対立に基づく人類普遍の思考様式をベースにしていることを指摘し、そこでは項よりも関係が重要であることが論じられます。この極端な普遍志向・科学主義は、今ではちょっと受け入れがたいところもあるけれど、人類学に限らず思想界の状況を一変させるほどの影響を持っていた一冊です。